目指すは世界征服ならぬ世界平和じゃ!

自分の幸せ→身近な人の幸せ→世界平和

現実

自分が目の当たりにする現実。

これはすべて自分の思考が

作り上げていることを

どれだけの人が知っているだろうか。

自らの運命を呪う人は、

きっと知らないに違いない。

 

どんなに嫌いな相手も、

その人は自分の思考によって、

そうさせられているだけの人。

もちろん反対に、

めちゃくちゃ良い人だなって思える相手も

自分の思考によって、

そうさせられているだけの人。

今日の天気も、

体調もたまたま目にしたニュースも、

今すれ違ったあの人も、

ぜーんぶ自分が引き寄せたもの。

 

同じものを見ていても、

感じ方がそれぞれ違ったりするのは、

まさにそれを証明している。

 

見たり聞いたりして

感じる気持ちが大事なこと。

この感情を私たちは素直に

感じる必要がある。

だからいろんなことが起きて、

いろんな感情が湧き上がる。

どんな感情が湧き上がっても、

これを認めるというのが修行なのだと思う。

 

だけどそれを知らないで、

人を羨んだり、

憎んだり、

恨んだり、

腹を立てたりすることに、

心のどこかで嫌悪感を抱いている人が

ほとんどなのではないだろうか。

これをハッキリと自覚している人もいれば、

そうでない人もいるだろう。

 

人は、

神に近づく(次はもっと高次元に生まれる)為に

この世に生まれてくる。

もともと目指しているのが、

神だから、ネガディブな感情を

知らず知らずに責めてしまうのかもしれない。

 

でもたぶんコレが間違い。

神(宇宙)はどんなことも許すから。

誰一人として神に愛されていない者はいない。

だからその神を見習って、

どんな自分も許す。

どんな自分も認める。

どんな自分も愛する。

 

自身に愛された自分に不満は起きない。

むしろ生まれるのは感謝だ。

病める時も健やかなる時も、

いつも離れることなくずっと一緒にいてくれる

自分のココロとカラダ。

 

いつもそれを当たり前とし、

感謝も忘れ、

自分を好きにもなれずにいたならば、

ココロやカラダは、

認めてほしい一心で、

いろんな現実を引き起こす。

その現実はツライものだろう。

人間関係に現れるか、

身体に直接現れるか。

 

でも、もしもそうなった時に、

原因さえわかっていれば、

対処はできる。

いつだって原因は外にはなく、

自身の中にあるのだから。

改善できるのは自分自身。

極論かもしれないが病院ではないと思う。

 

自分の目の前に広がる現実を

よく見てみよう。

自分の思考のくせがよく現れている、

その現実はどんなものだろうか。

 

 

 

 

 

 

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