氣づいたら…世界は平和だった!

氣づきプレゼンターみきっぺのブログ♪

どんな自分も好きになる練習

何もやらない(頑張らない)自分を好きになる修行を

絶賛敢行中のみきっぺです。

今日はいいだけ怠けました。

最低限やらなくてはいけないこと(家事)以外は、

全部サボりましたよ(笑)

 

  

私が1日してたこと(;^ω^)

次男を送って戻ってくるなり、

ストーブの前に座ってツムツムしまくり。

それがあきると今度はNetflixでLOSTを見まくり。

いつもならそんな自分を「これでいいのか?」と

厳しく問いただしていたのですが、

今日はそんな自分も好きってあえて言うようにしました。

自分をどこまで認めて許すことができるか。

これができれば純粋に自分を愛することもできるわけですよね。

どんな子どもも親から見たらかわいい子ども。

そんな目線で自分を見る。

わかっているからと言って上手にできるわけではない。

サッカーの監督とかでも自身はプロ選手経験が無いなんて方もいますもんね。

でも知らないよりはいい。

知っているというだけで意識して過ごせるようになるので、

少しずつ上手になっていける。

 

 

 

現実として認識する裏側

朝に懐かしい友人から連絡が来ました。

そして彼女とLINEのやり取りをしながら、

いろいろ考えさせられました。

ずいぶん久しぶりなので、

連絡が来るなんて思いもしていなかったわけですが、

思いもしなくても来るときは来る。

私がハッキリ認識する前に、

彼女は私に連絡を取ろうとしていたわけですよね。

だけど私はLINEの通知が来るまで、

そんなことはほんの少しも思わないわけです。

つまりどんなことをやっても現実は変わっていないと思うのは、

ただの思い込みであって、

現実は水面下で動いているんだな…って思ったりしてました。

それはある日突然、芽を出すんだなって。

だからなかなか叶わないと思っている願いはその間にも、

土の下でニョキニョキと太陽の光を浴びられる地表に、

顔を出そうとしている過程を順調に踏んでいるわけで、

それがまだ目に見えないから叶っていないと思うだけなんじゃないかなって。

引き寄せられないのではなくて、

どうせ叶わないという思い込みが芽をつぶしているだけなんだなって思いました。

 

願いは意図するだけでいい

願いがどのように叶うか、これを考え出すと一氣に叶いづらくなります。

なぜなら自分の過去の経験や知識でしか物事を判断できないために、

制限がたくさんかかってきて、

結果的に「やっぱり無理だな」という思考になりがちだからです。

この壮大な宇宙を作った存在にとって、

私たちの願いを叶えるなんて朝飯前のこと。

私たちはそれがどんなふうに叶うのかをあれこれ考えるのではなく、

ただ期待すればいいだけなんですよね。

夢が叶わないのは諦めるからです。

諦めさえしなければどんな夢も叶うわけです。

 

夢を思い出せるかい?

でもそもそも夢を持つことすら忘れてしまっている人もいます。

私自身も、数年前までもちろんそうでした。

当時の私の好きなことと言えば、

カラオケとゲームくらい。

毎晩ビールを飲んで、タバコを吸って…。

たまの飲み会には相当氣合い入れて参加してました。

氣合いといってもどれだけ飲んで楽しむかってことです(;^ω^)

飲み会の翌日は二日酔いで使い物にならないので、

シフト調整で休み入れてもらったりまでしてましたね(笑)

だけどそんな日々を重ねても何だか満たされなくなってきます。

何かもっと生きている実感というか、

とにかくこの流れで人生を終えるのは嫌だなって思うようになっていった。

そこから一体、何年かけてここまでたどり着いたのでしょう。

でも変わりたいと思い始めたときから、

私は変わっていったんだと思います。

当時の私はまったく何がやりたいのかなんてわかりませんでした。

自分の天職って何?っていろいろ占いをしてみたりもしました。

でもどれもイマイチ、ピンと来なかった。

当たり前と言えば当たり前かもしれません。

探し方が適切じゃなかった。

まずは本当の自分を知るということをしていなかったわけですから。

どんな答えも外側ではなく、自分の中にあるわけですからね。

 

わからなければ問いかけてみればいい

一度問いかければちゃんと答えは返ってきます。

時間差はありますが…。

自分の準備ができたときにそれはヒラメキだったり、

ある人との出会いだったり、

たまたま見聞きしたことにヒントがあったり、

何となく氣になる、興味が引かれるものと出会ったり…。

いろんな形で表れてきます。

準備ができたとき…それはもっと良くなりたいということを思い、

それに向けて努力をすることです。

それが学びであり、成長です。

好きな異性、お金などを追いかけまわすより先に、

自分をもっと知ろうとすること。

これが素敵なパートナーや幸せな豊かさを手に入れる秘訣です。

 

 

 

自分を無視し続けると…

健康面に問題が出たり、

メンタル面で問題が出たりします。

自分をおざなりにしてきた結果です。

それは暴飲暴食をしたとかいうレベルの話ではありません。

自分と向き合うことを後回しにしてきた結果です。

自分を後回しにして誰かの為に頑張りすぎていたり、

自分の人生の責任を誰かになすり付けたり…。

こういうことを繰り返していくと、

心が空っぽになっていきます。

その空っぽになったスペースに入ってくるものは、

決して望ましくはないエネルギーです。

私はあるとき精神病棟を訪れる機会がありました。

そこで入院されている患者さんたちを見たときに、

昔テレビで見た怖い番組を思い出しました。

あれは精神が病んでいるというより、

何者かに乗っ取られているようにしか見えなかったのです。

これはあくまでも私個人が感じたことであり、

この表現にものすごく抵抗を感じる方もいらっしゃるかと思います。

ごめんなさい。

でも言えば、あそこまで行く前に、

自分と向き合うことをしっかりすれば、

それを防ぐことは十分にできるということを伝えたいのです。

私たちはみんな、自分の為に生きていいのです。

自分の為に生きることがみんなのために生きることに繋がるから。

 

和多志の精神を思い出そう

こちらの動画の6分頃くらいからお伝えしているのですが、


嫉妬心に苦しんでしまったら…

和多志という言葉。

読み方は「わたし」です。

昔の日本人は「私」ではなく「和多志」と書いていたんですよ。

現在の私はあくまでも個人であり、I am という概念。

でも昔の和多志は、We are なんですね。

一人一人は地球の一つ一つの細胞。

そんなイメージを持ったらいいのではないかと思うのです。

あなたは若くて元氣な細胞でいようと思いますか?

それともガン細胞みたいになりたいですか?

自分なんてどうなってもいいは、ハッキリ言えば迷惑な話なんです。

一人一人が良くなることで全体が良くなるわけです。

合唱がわかりやすいかもしれません。

自分くらい歌わなくたってとか、みんなと合わせなくたって…って人がいたら、

聴く側の心に届くものは大きく違ってきます。

だから心から自分を好きになる努力を一人一人がすることが、

生まれてきた私たちにとっての責任だということです。

 

あとがき

ちょっと大げさな表現になってしまったでしょうか。

読む方によってはとても氣分を悪くしてしまうような表現もあったかと思います。

しかしここは本当に大事なことだと思うので、

あえて批判を恐れずに書かせていただきました。

自分を許し、認め、愛すると自分の世界が明らかに変わっていきます。

そして世界観が変わった自分は損得関係なく、

誰にでも愛を与え、受け取れる人になります。

本当の自分を偽って愛されたとしても、

それは長続きしません。

いずれ自分を偽っている自分がつらくなり、ボロは出るものです。

ありのままの自分を愛して欲しかったら、

ありのままの自分をまず自分が愛してあげましょう。

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

明日はもっと私が私のことをあなたがあなたのことを好きになれますように♡