氣づいたら…世界は平和だった!

氣づきプレゼンターみきっぺのブログ♪

許せないリストを書いてみよう

黙っていても人は前に進んでいる。

進んでいるというより、時間が過去に向かって流れてきて、

自然に前に進まされている。

努力しようがしまいが関係ない。

ただ努力した分、得られるもの大きさに違いは生じるだろうな。

未来を作っていくのか、

それとも未来はすでに決まっているのか…。

 

 

解くべき問題があると前に進めない

何かに苦しんで行き詰まってるなっていう氣がするとき、

それはきっと、

まだ自分の中で解決していない問題があるんだろう。

一人さんの天国言葉の8つ。

愛してます

ツイてる

うれしい

楽しい

感謝してます

幸せ

ありがとう

許します

これが課題なんじゃないかなと考えました。

いかに愛せるか、

いかにツイている(守られている)ことに氣づけるか、

いかに喜べるか、

いかに楽しめるか、

いかに感謝できるか、

どれだけ幸せになれるか、

どれだけありがとうを言えるか、

どれだけ許せるか…。

何かがうまくいっていないんだとしたら、

大きく分けてこの8つのどれかに問題があるのではないのか。

 

 

 

許すべきはどこまで行っても自分

過去の棚卸しをしようということを

私は記事にも書いてきたし、

YouTubeでもふわっちでもよく語っている。

それは過去のつらい記憶を良い経験に変えて上書きすることで、

トラウマを解除していく効果があるから。

だけどこの中につらい経験だけではなくて、

もしかしたら知らず知らずのうちに、

自分を縛る鎖が隠れていたりすることもあるのではないだろうか。

たとえばそれは天国言葉の一番最後にある「許す」ということ。

この対象はいつだって他人ではなく、自分自身だ。

他人は自分を映し出す鏡であるから。

たとえば作業が遅い人にイライラするとする。

それは厳密に言うと、その相手にイライラしているのではなく、

過去にもしくは現在、

自分のことを「作業が遅くイライラする」と思っている部分があり、

そんな自分を許せていないということ。

そしてイライラはけっして楽しい感情ではないので、

人はこのイライラを自然にどこかに追いやろうとします。

だからこの場合は、

作業が遅い自分を許す、

そんな自分にイライラしたことを許す、

イライラした自分をどこかに追いやろうとした自分を許す。

少なくてもこの3つの許しが必要なのではないかと思う。

 

自分のどこが許しがたいのだろう

それはたぶん「してはいけない」と思っていることだ。

私たちが当たり前に親や先生などの大人たちからしつけられたこと、

そして自分たちが実際に人と関わる中で身につけた思い込みによる縛り。

たとえば「誰にも言わないでね」とされたことを

誰かに言ってしまったことでケンカになったとか。

そういう経験や体験を踏まえて自分に禁じてきたルールが、

誰にでもひとつやふたつはあると思う。

この自分で作り上げたルールが多ければ多いほど、

許せない自分像をたくさん持っていることになる。

たとえば私の場合は、

人に迷惑をかけたり、心配をかけたりすることに、

異常なまでに抵抗を感じる。

それでそうならないようにと意識や注意を向けてきた結果、

とくに親に心配や迷惑をかける結果になってきた。

今回もそうなるのではないかと思うと、

苦しくて、苦しくて仕方なくなった。

そうなってくるとやっぱり自分の生き方に自信が持てなくなり、

自分自身を疑いだす。

見事に負のスパイラルに自ら飛び込んでいくことになるわけだ。

案外、自分が自分に禁じていることって、

氣づいていなかったりする。

私はいつもそういうことをdrakeさんとの会話の中で氣づかされる。

「あなたってこういうとこあるよね」とか言われることは無いですか?

「たしかに…でもそういう自分は許せなくてできないんだよね」

こういう自分に氣づいて許すまで、

その問題は後回しにすることはできずに、

前に進むことができないのかもしれない(;´Д`A ```

 

 

 

ラクに成功をつかみたいなら…

これが大きな壁になって立ちはだかる前に自分をもっと研究して、

許すべきことは何なのかを確認してみる必要があると思う。

私の現実は私が作っていて、

あなたの現実はあなたが作っている。

つまり自分の現実の創造主は自分なわけだ。

創造主は神。

神なら何かを許さなかったりするだろうか?

たとえばいろんな神社のお守りを持っていると、

神様同士がケンカするなんて聞いたこともあるけど、

そんな器の小さい神さまっているのか?

そう思いませんか?(笑)

「人のものを盗ってはいけません」

「人を傷つけてはいけません」

「人に迷惑をかけてはいけません」

「嘘をついてはいけません」

「人を裏切ってはいけません」

「スカートの丈はひざ下でなくてはいけません」

「遅刻をしてはいけません」

「忘れ物をしてはいけません」

数え上げたらキリがありません。

このやってはいけないルールが、

世の中を正していると言い切れるのか…。

こういう縛りが多ければ多いほどに、

反発心って生まれるのではないか。

私はそう思います。

もしもすべてが許されている環境ならば、

人を傷つけたくなったりするだろうか。

そう考えてしまいます。

ルールを守っていない人を見ると、

罪人でも見るような目で見てしまう自分はいないだろうか。

でもそれって自分の宇宙の創造主の視点だろうか。

もしこの世界がALL OK(`・ω・´)bの世界だとしたら、

どれだけ自分に禁じ手を設定しているのか再確認してみたらいいと思う。

 

そして…許すのだ!

何を自分に禁じているのかを見つけることができたら、

声に出して言ってみよう。

私の場合なら、

「人に迷惑かけてもいい」

「人に心配かけてもいい」

これが私にとって最も頑丈な鎖。

「人に笑われてもいい」

「人に軽蔑されてもいい」

こんなのもありますね。

先にも書きましたが、

許さない=そうならないようにするであり、

これが可動域(道幅)を狭くします。

「そうならないように」に強く意識が向くと、

そうなるほうに傾いてしまうのです。

片足立ちや平均台がいい例です。

実際に迷惑をかけろということではなく、

自分をがんじがらめにしているこの鎖を解くには、

こうやって宣言することが効果的なのです。

 

あとがき

本当に何かに行き詰まったときは、

その苦しい思いのたけを紙に書き出したり、

夜眠りにつく前に、

この先、どうするべきかを自分自身に訊ねてみてください。

その答えは夢で得られるか、

瞑想をしていて出てくるか、

たまたま見たテレビや動画や雑誌、

たまたま聞こえてきた誰かと誰かの会話など、

いずれかの方法で助言や答えを授けてくれます。

実現したいポイントにたどり着くには、

どれだけの問題が設定されているのかは、

個人差がありますし、

実現したいものにもよると思います。

だから一つ問題が解けたからと言って、

即ゴールというわけにはいかないかもしれません。

でも、行き詰まり感を感じたら、

解くべき問題があるんだなということを思い出してみてください。

そしてこれは誰よりも私自身に言い聞かせている言葉です(;^ω^)

一つ一つを乗り越えてみんなで今よりもっと幸せになりましょう。

あなたの幸せは私の幸せに繋がっているのだから。

そうそう!

昨夜はdrake(id:kemoxxxxx)さんとふわっちで初のコラボ配信をしました!

これなかなか面白かったので、

これからしばらく続けようかと思っています。

遊びに来てくれたtomohiko(id:tomohiko37_i)さん、

レイキぶどう(id:Reikibudo)さん、ありがとう♡

それと!先日受けたミロクさんの個人セッションについては、

現実が動いた!という実感を得たときに公開しようと思います。

ちなみにセッション終了後にふわっちで語っていますので、

興味ある方はこちらをご覧くださいね。

whowatch.tv

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

明日もすべての人々の心が平和でありますように♡

 

誰かを助けることは自分を助けることに価します。

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