氣づいたら…世界は平和だった!

氣づきプレゼンターみきっぺのブログ♪

あなたはいま、幸せですか?

いま、幸せですか?

あなたはこの質問に即答できますか?

「はい」と即答できる人は、

本当に幸せな人であり、

ほんの少しでも躊躇した人は、

幸せだと思い込もうとしている人、

すなわち幸せではない人ということなんだそうです。

あなたは即答できますか(;^ω^)?

 

でも、この質問に即答できないからと言って、

それが悪いだとか、

間違いだとかいうわけではありませんよ。

私たちはもっと幸せになるべき存在なのです。

もっと幸せになろうとする心が、

世界を平和に導く心だからです。

自分だけの幸せを考えてみてください。

自分が幸せであるために、

目の前にいる人が苦しんでいたらどうですか?

テレビで悲惨な事件や事故のニュースを見聞きしたら、

本当に自分は幸せだといえるでしょうか?

つまり自分の幸せは、

世界中の人の幸せを願う氣持ちに通じているのですよ。

では、完全に幸せ!って即答できるまでには、

何が不足しているのでしょうか?

そして足りないと感じるならば、

どうするのが得策でしょうか?

諦めること?

氣づかないふりをすること?

そうではありませんよね。

補えばいいだけです。

 

心の安定

やりがいのある仕事

自由に使えるお金

自由に使える時間

成長の実感

社会貢献の実感

健康

人間関係

 

 

 

足りてないなと思うことは、

遠慮なく望み、

すでに手に入れたかのようにふるまう。

とは言っても、

現実が変わっていないのに、

どうやってそんな風にするのかわからない。

カンタンにいえば、

妄想しちゃえばいいのですが、

現実ありきで生きてきた人間にとっては、

妄想まではいいけど、

結局最終的に、

な~んてねとかいう言葉をくっつけて、

諦めてしまうんですよね(;´∀`)

 

だからこれがうまくいかない人は、

願うことを紙に書き出して、

アウトプットとインプットを同時にしたら、

あとはそれについては考えず、

いま、すでに満たされていることにフォーカスして、

幸せだな~、

ありがたいな~

っていう波動を出します。

考えた挙句に嫌な氣持ちになるんなら、

それは考えるべきことじゃないということで、

考えると良い氣分になることは、

その考えは正解ってことなんですよ。

 

先日、YouTubeに動画を公開しました。


本当に幸せなら死ぬことだって怖くない

私はあのじんましん以来、

ハイヤーセルフの自分と繋がる時間が増えました。

それはどんな時間かというと、

何をやっても楽しい♪ って思えるような、

何とも言えないハッピーな氣持ちでして、

超絶と言っていいほどリラックスしていて、

そういうときにはたくさんの氣づきが得られます。

そしてもういつ死んじゃってもいいって思えるんですね。

ネガティブな思考はまったくと言っていいほど起きません。

ただ、現状でこの時間を私が過ごせるのは、

いいとこだいたい午前中だけで、

お昼からは少しずつ落ち着いてきます。

もしも、本当の意味で幸せ♪って思えたら、

死ぬことだって怖くなくなる。

つまり怖いうちは、

まだ幸せじゃないってことなのではないかと思いました。

私たちが生まれてくる理由は、

人間ならではの体験をして、

その中でいつ死んでもいいと思えるくらいに

幸せになるためなんだと思います。

あくまでもここに諦めの要素が入るのは違いますよん。

 

 

 

ところで、

最近私は人間関係について、

少し考えさせられることが多くありました。

drakeさんと共にです。

先日、顔がじんましんになったときに見た、

私の部屋のカレンダーに書かれていたことを

思い出さずにはいられませんでした。

平成という時代の締めくくりに、

本当にこれまでの人生で学んだことを

おさらいさせられているような氣がしてます。

これまでほとんど苦労することのなかった、

人間関係というカテゴリは、

生きていく中でとくに大事な部分です。

自分以外の人がいることで、

自分以外に人とのかかわり愛を持つことで、

自分とはを知ることができるわけですからね。

ずっと調子よかったピアスの穴も、

両方とも傷つけてしまい、

ジュクジュクしてきちゃいました。

でもすべては、

うまくいっている(願いが叶う)までの、

避けることのできない通り道と考えれば、

イヤなことというよりうれしいことに変わります。

何でも物事は考え様。

どう受け取るかで進路は決まります。

でも間違えてもOKなのがいいところ。

諦めたってまた再開すればいいだけだし。

もう何も可能性が残されていないという失敗は、

どこにも存在しないんじゃないかと思います。

私たちは生きている限り、

何度となくチャンスも訪れ、

チャレンジすることも許されているのですから。

そこには年齢も体力も財力も関係ありません。

いまここをいかに氣分良く過ごすかだけです。

もう幸せすぎていつ死んでも後悔ない!って

言えるような人生をクリエイトしていきましょう♪

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

明日もすべての人々の心が平和でありますように♡