氣づいたら…世界は平和だった!

氣づきプレゼンターみきっぺのブログ♪

~ならでは、~からこその生き方をしよう

平成から令和に時代が移り変わっていく中で、

私には結構大きな波が押し寄せていて、

その波を越えて本来の自分に立ち直るまでに、

思いのほか時間がかかってしまっていました。

それは主に人間関係や健康面というところで、

実力を試されたという感じでしたが、

昨日の蠍座満月を過ぎて、

本来の自分にかなり戻れたような氣がしています。

五月病というものもありますし、

今年の大型連休はとくに長かったので、

日常に戻っていくことに、

大きな抵抗感を感じられた方も多かったように思われます。

しかしどんな困難も、

自分だからこそ乗り越えられるものであり、

自分が描く理想を実現するために必要なステップというだけなので、

心を折る必要などどこにもないんですよね(;´∀`)

誰だって転んでひざを擦りむけば痛いわけです。

それを痛いと思うなというのは、

あまりにも酷だし、

それはむしろ自然じゃない。

その痛みを充分に味わった後で、

傷が癒えるのに合わせて、

このことが自分に伝えてくれたものを考えてみればいいのです。

 

 

 

さて、私も今回大きな荒波を越え、

その傷も癒えてきたところで、

久しぶりに動画を撮ろうという氣になれました。

平成の終わりころは、

ライブ配信に明け暮れていたのですが、

そのライブ配信がきっかけとなって荒波に襲われてしまったので、

正直、トラウマみたいになってしまい、

なかなか復帰できずにいました。

同じライブ配信をするんでも、

自分に合った土壌かどうかをやってみることでわかったので、

良い経験にはなったと思っています。

これまでは主にふわっちという生配信サイトで、

配信させてもらっていましたし、

私の配信を観るために、

わざわざふわっちのアカウントを取ってくれた方もいらっしゃいました。

本当にありがたかったのですが、

今回、私のふわっちでのアカウントは削除することになったわけです。

もう少し時間が経ったら、

YouTubeライブやFacebookライブでまた、

活動を再開したいとは思っています。

それにしもこの充電期間中に、

私はまたいろんなことを学び、体験しました。

そしてそのうちにまた、

創作意欲がわいてくるようになったんですね。

本当にありがたいことです。

 

さて、前置きがだいぶ長くなってしまいましたが、

「~ならでは」「~からこそ」の生き方についての話です。

今回の経験で、

私は自分がやってきたことに自信が持てなくなるという事態に陥りました。

こうなるとさっそく体に起きてくるのはそう、膀胱炎です(;^ω^)

ものの見事な早業でした。

しかも今回のは自分の心がなかなか立ち直れなかったので、

膀胱炎もなかなか治ってくれませんでした。

いくら大丈夫と自分に言い聞かせても、

心の底から思えていないうちはごまかしがききませんΣ( ̄ロ ̄lll)

しかし、深く私と関わる人との間で、

いろいろに感じ、解釈をしていく、

そして時には現実逃避をするなどして乗り越えて来るうちに、

自信を少しずつ取り戻し、

膀胱炎もそれに連れて良くなっていきました。

本当に面白い仕組みです。

 

 

 

私が氣づきプレゼンターみきっぺという名前を

自分につけて活動しようと思い始めたときに、

同時に「そんなことして何になるの?」

「私がやらなくてももっとすごい人はたくさんいるでしょ」という、

弱氣な自分の声に敗けそうになりました。

でもそれとほぼ同時に聞こえてきたのは、

「もっと伝え手が必要だ」ということと、

「自分とじゃなきゃ波長が合わない人もいる」という声でもありました。

私が世界中の一人一人に出会うことは不可能です。

縁というものがありますから、

私に縁のない人とは出会いようが無いんですよね。

そしてそれは誰でもそうだと思います。

自分だからこそ引き寄せる縁というものが、

人それぞれにあるわけですし、

人の好みも全く持って十人十色なわけです。

 

同じ商品を同じ価格で売っていて、

しかも見た目も同じようなお店が、

方角が違うだけで同じ距離にそれぞれ3店舗あったとしたら、

あなたは何を軸にしてお店を選びますか?

こうなるともう自分の波長に合う、

そのお店にいる人を見るのではないでしょうか。

いつも笑顔の店主や、

話好きな店主、

とくに愛想はしないけど動きに無駄が無い店主。

人というのは皆、

唯一無二の存在なわけであり、

自分というものにはすでにオリジナリティがあるわけです。

そしてそのどれを好むかも選ぶ人それぞれになりますよね。

 

しかしこれまではオリジナリティを活かすことより、

いかに大多数に紛れるかということに、

多くの人が意識を向けてきました。

大多数のうちの一人でいることは、

何となく守られているような安心感はあるものの、

何とも言えない虚無感も感じられるのではないでしょうか。

それは大多数に紛れるということが、

ありのままである自分らしさのほとんどを

抑え込んでしまうことになるからですよね。

ここで自然界に意識を向けてみましょう。

たくさんの群れを成している動物って、

食物連鎖で行けば弱者に当たります。

いわしとサメやガゼルとライオンなんかを比べてみたらわかりますよね?

弱者は群れを成すことで危害が及ぶ確率を下げているわけです。

つまり自信が無いことの表われです。

もちろんどうしようもない力関係がここには働くので、

それが間違いだと言っているわけではありません。

 

ただしかし、

私たちの多くは、

同じ人間という生物種の中に、

それと同じものを作ってしまっているのかもしれません。

群れの中にいなくたって、

命を襲われる危険性なんてほとんどないにもかかわらず、

自分らしさという光を目立たせないようにして生きているのです。

でも本当のありのままの自分は光を放ちたくて仕方ない。

だからいつまでも光を隠し通す自分に、

「本当にこれでいいの?」と思わせるようなことが起こったり、

自分って何のために生まれてきたんだろうなんてことを

不意に考えたりするようになるわけですよね。

 

 

 

私たちひとりひとりには、

それぞれの心の中に、

何も恐れることも無く、

いつも感謝や喜びに満ちあふれた真我という部分があります。

この真我に近づいていくことこそが、

本当の幸せに近づくということであるわけです。

本当の自分は何をしているときが好きだろうか。

何をしているときにもっともくつろぎや

安らぎを感じているのだろうか。

そこに他人と同じである必要はどこにもありません。

心臓には心臓の、

肝臓には肝臓の働きがそれぞれあるように、

地球の細胞である私たち一人一人にもそれぞれの役割があるからです。

ありのままの自分でいることは、

罪なことではありません。

むしろそう生きてほしいと思っているのが真我の部分でもあります。

自分ならでは、

自分だからこそ、

この経験や体験があるからこその生き方を

そろそろ真剣に考えてみるときなのではないでしょうか。

 

今回は動画も合わせて撮ったので、

もし氣が向いたらこちらも見てもらえたら嬉しく思います。


自分ならでは、自分だからこその生き方を

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

明日もすべての人々の心が平和でありますように♡