氣づいたら…世界は平和だった!

氣づきプレゼンターみきっぺのブログ♪

何のために生まれてきたの?

どうして自分は生まれてきたんだろう。

そんなふうに考えたことがありませんか?

この顔、この名前、この体、そしてこの心。

どうしてこれらの条件を持ち合わせたうえで、

今ここに存在しているのだろう。

こんな疑問を持ち始め、

答えがなかなか見つからないと、

とてもむなしい氣持ちになってしまうことがあります。

過去の偉人達もここに疑問を持ち、

答えを探し、そして見つけています。

「朝に道聞かば夕べに死すとも可なり」

朝に人生を悟ることができれば、

夕方に死んだとしてもかまわないという意味の孔子の言葉です。

この地球上には75億以上の人々が暮らしています。

この一人一人はどうして今ここにこうして存在しているのでしょう。

 

私たち人間は人の間と書くだけあって、

人と人の間にて生きています。

そこで得られるものと言えばなんでしょうか。

人との関り合いの中で得られるもの。

それは何と言っても感情ではないかと思います。

怒ったり、笑ったり、嘆いたり…。

心を良くも悪くもたくさん動かすことで、

いろんな氣持ちを味わっています。

まずは、これこそが私たちが生きる目的なんですね。

そもそもの私たち(人間として生まれてくる前)というのは、

何でも意図するだけで実現可能な存在であり、

明るくて軽くて温かい、

愛そのものの存在だったのです。

でもなんでもできちゃうというのはつまらないもの。

簡単すぎるゲームはやりがいが無いのと一緒です。

いろんな試練を乗り越えてこそ得られる喜びというのは、

みなさんも体験されてきたことと思います。

私たちは皆あえてつらい・しんどいを経験しに来た存在なのですね。

 

 

 

そしてその経験をするためには、

自分一人では無理というもの。

誰かと関わることが必要ですね。

あの人に意地悪された、

優しくされた、

思わず笑っちゃった、

負けたくない、

力になりたい、

失った…などなど。

これらの感情を主に与えてくれるのは、

人なんですよね。

この世に生まれてきて最初に関わる親でさえ、

いろんなキャラクターがいます。

自分を生んですぐに死んでしまう親、

愛情深く育ててくれる親、

虐待する親、

過保護な親…など。

自分を生んだ親というのは、

変更が利きませんね。

これは自分が生まれてくる前に決めてきた条件です。

変更が利かないものは宿命と言います。

生まれた国、時代、親、性別などですね。

あくまでそれらを設定したのは自分なのですから、

本当は誰を恨むことも無いのですが、

先に記したようにそこら辺を忘れて生きているので、

忘れているうちは仕方ありません( ̄▽ ̄;)

ただ単に恨むのであれば恨むとはどういうことなのかを

体験するためだったという解釈になります。

 

病氣で体の自由が利かないとはどういうものなのか、

大事な人が病氣に苦しんでいるとどういう氣持ちになるのか、

お金を借りるとはどういう体験をするものなのか、

貸すということは?

いじめられるとはどういう氣持ちになるのか、

いじめるとどういう氣持ちになるのか、

それを助けると?

知らんぷりすると?…などなど、

いろんな役柄があってそれぞれにその役を演じることで

どんな感情が得られるのかを味わっているわけです。

つまり私たちの生きる目的の中には、

誰かの人生の役になるというものもあることになりますね。

そしてそれは一人に一つ与えられたものではありません。

同じ人でも相手やタイミングなどによって見せる顔は違うものです。

私たちは一人でたくさんの役を演じているんですね。

 

 

 

ドラマや映画などにもいろんな役があります。

主役、準主役、悪役、脇役など。

この人生においての主役はもちろん自分ですが、

関わる相手の人生においても何かしらの役を演じているわけです。

その人の人生をガラッと変えてしまうような大役かもしれませんし、

大して影響を与えない脇役かもしれません。

もちろん悪役ということも十分にあり得るわけです。

自分はこの人生において、

どんな役柄を主に演じているでしょうか。

悪役専門かもしれないし、

救世主役が多いかもしれません。

どちらが良いとか悪いとかいう問題ではありません。

生まれてくる前の本当の自分にとっては、

あくまでもこれは役なんですよね。

しかしそれを忘れて生きていると、

自分の人生ですら呪って生きることにもなりかねませんのでご注意を。

この世界に起こるすべてのことは、

必要だから起こっています。

それぞれにとても必要な役柄を演じているワケです。

脇役も悪役も必要だから存在するのです。

それらと関わることでどんな体験ができたのか、

どんなことに氣づけたのか。

ここが本当に重要です。

 

では、どんな役柄を演じたときに、

喜びって得られるものでしょうか。

それはおそらく万人に共通して、

感謝されたときなのではないかと思います。

あなたはどうですか?

ありがとうと自分が思うより、

感謝されたときの方が喜びが大きいのではないでしょうか。

どんな憎まれ役をやったとしても、

最終的にありがとうと感謝されたら、

やって良かったという氣持ちになりませんか?

とすれば、

あなたの人生に登場するあの嫌な人も、

あなたに何かしらの体験や氣づきを与えるために、

その役柄を遂行してくれただけの人に変わるわけです。

おそらく好き好んで憎まれ役をやりたい人はいませんね。

それを自分のためにやってくれている。

自分はこの現実から何かを氣づき、

学び取らなければいけなかったのに、

それをすっかり忘れて、

ただ悪役を演じ続けるあの人を恨んでいたのかと、

そろそろ氣がついていきましょう。

私はこれに氣がついたときに、

本当に感謝の氣持ちで胸がいっぱいになりました。

あなたはどうですか?

 

 

 

人に限らず、

この世界に存在するものは、

すべて何かの誰かの役に立つためにあります。

私たちは多くの命をいただいて生きています。

それに対して当たり前だと思ったり、

必要以上に罪悪感を感じていたりするとどうでしょうか。

それらの命を無駄にしてしまっていることにならないでしょうか。

どんな悪役でも感謝されたら嬉しいのと一緒で、

感謝の氣持ちこそがそこに光を当てて、

本来の姿に戻してあげられる行為にあたるのです。

私は成仏させるとはそういうことだと思っています。

この世界に存在するすべてのそもそもの在り方は光です。

光に戻ることこそがもっとも幸福なことです。

 

そして私たちは大きな大きな存在(神)の一部として、

それぞれの役柄を演じています。

www.charlotte102-blog.netつまりすべてはひとつに繋がっているということです。

 

相手を憎んだり恨んだりしている時の氣持ちは、

決してハッピーではありませんよね(;^ω^)?

一方で相手を愛する氣持ちは、

温かくて幸せを感じるものです。

相手にしているようでも、

それは自分自身にしていることだからなんですね。

この世界の仕組みはいたってシンプルです。

本当にこれがわかるだけで、

たとえ今死んだとしても幸せだと思えるようになります。

恐怖がどんどん消えていきます。

これを踏まえたうえで、

これからの人生をどのようにクリエイトしていきますか?

あの人やその人の人生において、

どんな役柄を演じていきますか?

世界を平和にするのはカンタンです。

一人一人がこの仕組みに氣づけばいいだけだから。

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

明日もすべての人々の心が平和でありますように♡