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氣づきプレゼンターみきっぺのブログ♪

言霊学「高御産巣日の神」「神産巣日の神」が指し示すものとは~アセンションしたい人向け~

今回の言霊学による

古事記の読み解きは

いよいよ最初のくだりの

最後までに達します。

 

古事記の最初のくだりとは

このようになっています。

 

天地の初発(あめつちのはじめ)の時、

高天の原(たかまのはら)に

成りませる神の名は、

天の御中主の神(あめのみなかぬしのかみ)。

次に高御産巣日の神(たかみむすびのかみ)

次に神産巣日の神(かみむすびのかみ)

この三柱(みはしら)の神は

独神(ひとりがみ)に成りまして、

身を隠したまひき

 

あなたは何も使わずに

自分の姿をすべて見ることはできますか?

 

もしこの世界に自分以外のモノが

何も無かったとしたら

あなたは自覚している意識を

どのように感じるでしょうか?

 

自分とは何だ?と思っても

確認する術が無いと思ったら

途方に暮れてしまいそうですね。

この感覚が前回の記事で解説した

天の御中主の神が示す

言霊ウであります。

www.charlotte102-blog.net

 

そこでこの言霊ウは

この自覚している意識を

知るために二つに分けます。

 

肉体という物質の中に宿り

あらゆる物質に囲まれて

生きている私たちは

自分の姿を確認しようと思ったら

鏡などに姿を映して見ますね。

 

一人の像が鏡に映って

二つになります。

f:id:charlotte102:20220127144331p:plain

 

これを見ている自分と

鏡の中の見られている自分。

見る側と見られる側に分かれます。

 

この見る側が主体であり

見られている側が客体となります。

 

つまり言霊ウは

この自覚を知るべく

主体と客体に自らを分けるのです。

それによってできた言霊が

ア(主体)とワ(客体)です。

 

このアを示す神として高御産巣日の神

ワを示す神として神御産巣日の神です。

 

この神名をカタカナにしてみると

タカミムスビ

 カミムスビ

カミムスビという言葉の頭に

タがついているかついていないか…

というだけの違いであることがわかります。

 

両方に共通している

カミムスビとは

カミは噛むを意味し

ムスは生まれる・生じる

ビはそのまま日

また霊を示します。

ちなみにカタカムナウタヒには

濁音が無く

カミムスヒと表記されています。

 

一方でタと読む漢字には田があります。

田と言えば自然の恵みを

生み出してくれるものです。

そして田という形は

五十音図にも通じています。

 

つまりタには生み出す意志が

込められているわけです。

以前にもお伝えしましたが

言霊タは「大事を押し進める」

という意味を持っています。

 

そのタがつくカミムスビと

つかない方のカミムスビが

噛み合わさって生じた意識が

自覚している意識と言えると思います。

 

噛み合わさって生まれたのが

ヒであり日(霊)です。

この日という字は神を意味すると

かつて陰陽師の末裔の

幸輝先生から習いました。

 

この日の中に縦線が一本入ると

田という字になりますよね。

 

プラスとマイナスの均衡が崩れ

上と下に向かって有が生じた。

 

生み出しの時に

根と芽が下と上に向かって

伸びていくのと

イメージが通じませんか?

f:id:charlotte102:20220127122653p:plain

生み出そうとする意志と

それを受け入れようとする意志

この二つの意志が嚙み合って

出来ているのがこの意識。

 

あらゆる生物は

男という生み出そうとする意志と

女というそれを受け入れる意志が

噛み合うことで

息子と娘が生まれます。

 

ムスコとムスメ。

どちらにもムスがつきますね。

偶然の一致にしては

うまくいきすぎているように思えます。

 

さらに男という漢字は

田の力とも書きますね。

生み出す意志を使う力そのものです。

 

言霊アとは

見る側である主体のことです。

アを漢字に変換しようとすると

候補の中にという

漢字が出てきます。

 

現代ではこの漢字を

ワレと読みますが

昔はアレと読みました。

そしてワレの方が

あなたという意味だったのです。

実際に西日本の方では

そのように使われていたりしますよね?

 

アレが自分で

ワレがあなた。

まさに主体と客体ですね。

ちなみに吾は五の口。

そして母音の数も五です。

何か奥深い意味を感じませんか?

 

吾である自分は

あなたという人を見て

自分を感じる(神知る)わけです。

「人の振り見て我が振り直せ」

ということわざがありますね。

 

だからこの世界は

鏡の法則だと言われるのですね。

 

神社には鏡が置いてあります。

神とはその鏡に映る

自分自身なのだよということです。

 

ウという一つの意識が

アとワという二つの意識に

分けられました。

 

一つの意識が生まれることによって

それが存在する空間と

今という時と

見る側と見られる側である

主体と客体が同時に生まれたのです。

 

ただこれはあくまでも

目に見えない先天の宇宙の様子。

 

私たちは目に見えるマクロの世界と

顕微鏡などでも使わなければ

見えないミクロの世界

そして確かにあるのに

目で見ることができない世界の中で

生きていることは間違いありません。

 

ここに出てくる三柱の神は

先天の宇宙においての神であり

現象となって現れる前の

働きであるために

身を隠したまひきと表現されています。

 

そして独神というのは

ただそれだけで確立されている

意識であるということ。

 

お父さんとお母さんがいないと

自分は生まれなかったし

育ててもらったからこそ

私はここにいるわけですが

この独神は

ただそれだけで

ただあるということです。

わかりやすくいうと

両性具有といった感じでしょうか。

 

この意識と機能が

すべての根源です。

これ無くして

存在しうるものなど

何ひとつ無いのです。

 

すべての命は

ここから派生したのだから

人類みな兄弟とも

ワンネスだとも言うのです。

 

ここまでで

古事記の最初のくだりの

言霊学による見解を

みきっぺなりに

解説してまいりましたが

いくらかでも

伝わりましたでしょうか(^-^;A

 

言霊学は学問でありながら

論理だけで理解しようとすると

難しい学問です。

1と1を足したから2

というような説明が難しく

ここで問われるのは感性だと思います。

 

泳ぎ方を理論的にわかったとしても

実際に水に入らなければ

泳げるようにはならず

何なら四の五の言わず

実際に水に入って

体を動かす方が

手っ取り早いものです。

 

現代を生きる私たちは

かなり科学的(左脳的)思考で

生きてきた為に

スピリチュアルなことを

難しく感じがちです。

 

ここは右脳を使って

芸術を楽しむかのような感覚で

学ばれると良いかと思います。

 

言霊学だけに限らず

それを学ぶことで

自分の中のどの部分が刺激され

どんな感性が開かれるか。

これがとても大事なのです。

 

何かわからない点や

自分はこう思う!などあれば

どんなに小さなことでも

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またお問合せフォームから

ぜひご連絡ください。

一緒に学んでいきましょう。

 

今回も最後までお読みいただき

ありがとうございました(^▽^)♡

 

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